山吹の花で歌の道に目覚めた太田道灌

江戸城を築いたことで有名な太田道灌は、歌人としても知られています。
しかし、歌を好むようになったのには理由がありました。

道灌が鷹狩をしていたときのこと、急に雨が降り始めました。
雨具の仕度が無かった一行は、狩りの途中で見かけた農家で蓑を借りようと考えました。

雨が強くならぬうちにと急いでその農家に向かい、家の外から声を掛けると、出てきたのは身なりはみすぼらしくも凛とした雰囲気の漂う若い娘でした。

「急な雨に降られて困っておる。蓑を貸してはくれまいか」

家臣がそう言いますと、ひざまずき頭を下げていた娘は困ったような顔を道灌に向けました。

そして立ち上がり、家の裏手に回っていきました。

(家の裏に蓑が置いてあるのか?)

不審に思いながらも道灌は、待ちました。

そして、戻ってきた娘が手にしていたのは、蓑ではなく黄色い花でした。
それを無言で道灌に差し出すと、またひざまずき頭を下げました。

「わしは花などいらぬ。蓑を借りたいと言ったのだ」

道灌にはその行動が理解できず、苛立ちを隠せませんでした。
しかし、娘はただ黙って頭を下げるばかりで何も答えようとしません。

このままではらちが明かないと思った道灌は、その場を立ち去ることにしました。

狩り衣をびしょびしょに濡らし、ムッとした表情で戻ってきた道灌に家臣の中村治部少輔重頼が声を掛けました。
道灌は狩りの途中で雨に降られ、立ち寄った農家でのことを黄色い花を見せながら話しました。

すると、教養の高い重頼はこう答えました。

「その花は山吹ですね。古い歌に『七重八重花は咲けども山吹の みの一つだになきぞ悲しき』というものがあります。きっとこの歌になぞらえたのでしょう。『貧しい家で、お貸しできる蓑の一つも持っておりません。どうかお許しください』そんな気持ちを山吹の花に添えて差し出したに違いありません」

それを聞いた道灌は、理解できなかったことを恥ずかしく思い、そののち歌の道に励んだということです。

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