敵兵をあわれむ豊臣秀吉

豊臣秀吉は、人情の厚い武将でした。そんな一面を数々の逸話から見ることができます。
この話もその中の一つです。

織田信長の後継者問題で対立していた豊臣秀吉と柴田勝家による賤ケ岳の戦いでのことです。

余呉湖西岸で、佐久間盛政軍と秀吉軍の激闘が繰り広げられました。両軍の死者は合わせて8千人にものぼり、流れ込んだ血で余呉湖全体が赤く染まるほどだったといいます。

この戦いに決着がついた頃、秀吉は賤ケ岳の山頂から湖畔に降りてきました。ときは1583(天正11)年4月21日、今の暦では6月11日になります。その午前9時ころのことでした。

初夏の日差しに照らされた負傷者たちは、暑さにあえぎ苦しんでいました。

それを見た秀吉はとてもあわれに思い、助けてあげたいと考えました。
その手立てを考え辺りを見回すと、周辺の山々にこの合戦を見物に来ていたたくさんの人々が見えました。皆、蓑笠をかぶっています。

秀吉は戦いに従っていた下働きの者たちに皆が被っている蓑笠をすべて買ってくるようにと命じました。

たくさんの蓑笠を集めた秀吉は、味方だけでなく敵兵にも自ら掛けて回り、

「さぞ暑かろう、もう少しの辛抱じゃ」

と優しく声を掛けました。

それを見た人々は、さすがに天下を治められるほどの方は違うと感心したといいます。

この話からも分かる通り、秀吉の優しさとは裏腹に娯楽の少ない当時の庶民の楽しみは合戦の見物だったそうです。

人の大勢死にそうな合戦地は人気があり、弁当持参で遠くから見物にきていたというのですから、本当に恐ろしいのはそういった庶民のほうではと思ってしまいます。

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